黒澤 正人

いつかまた会おう(2006年4期電気工学科のクラス会)

黒澤 正人
(電機工学科第4期生)

 まだ雪がちらついていた2月上旬、飯田橋の居酒屋で4人のサラリーマンが苫小牧錦岡を懐かしく思い出していた。今野と立見と高橋と草野、互いの身体的成長ぶりを認めながら再会に話が弾んでいた。

草野:「どうだ、近い将来北海道でクラス会でもやったらいんでないかい。」
抑えていた北海道弁が口からほとばしると、
今野:「それゃーいいなあ、で、いついいべなあ。」
高橋:「そうだなーいちばんいいのは6月から7月だべな。」
立見:「飛行機のキップがまだ安い6月下旬がいいべなあ。」
という訳でクラス会をやることに決定。

 その頃、俺は度々国分寺から出張で銭函に来ていた田渕と一杯やっていた程度だった。そんなとき草野からの話、何か新鮮さを感じた訳で幹事役を買って出た。
 近い将来北海道在住者で「近い将来のクラス会のための打ち合わせ」をやりたいとメールしたところ、むっちゃん、JUN、岡田が集まってくれた。
 久しぶりの飲み会、そこで、「折角の機会だから、ただ酒飲んで終わるよりは何か記念になることをやりたい。」と提案した。
①樽前登山
②北海道日本ハム観戦ツアー
③ススキノジャスマックプラザ(温泉)からそのまま宴会
④高専見学
 むっちゃん「しばらく学校に行ったことないわ。」の一言で高専見学に決定。
 クラス会の準備と言っても今はネットの時代、往復はがきを使う煩わしさはない。
 早速、「クラス会は世界各国遠方から来る利便性、北海道で最も過ごしやすい時季など考えた結果、6月24日(土)に決定。」と一斉発信。
 すると、返信メールが続々と入ってきて暫くメール交換を楽しんだ。参加できないクラスメートからもメッセージが送られて来た。
 その一例、
・伊藤 洋: その日は生徒を引率して福島県「あだたら山」に行っています。山頂に生徒を置いて北海道に飛ぶわけにもいかず。楽しい報告を期待しています。
・高橋利春: 写真を見て安心しました。(草野より)私の方が(髪の)量が多そうです。今回は無理、いつか東京のどこかで飲み会でもあったら誘ってください。
・千葉義男: 二人の子供たちもかたづき今はハニーとセカンドハニムーンやっています。昨年シンガポール駐在から帰任したばかり、しばらく労ってやらないといけないようです。
・佐々木正幸: みんなのメールを懐かしく読んでます。勿論こちらも元気ですよ。
・山本啓二: ウーン、その頃は1年で最も仕事が忙しくなる。みんなにあいたいなー、残念。(電話で)
・山本孝之: 高専見学とかいいですね。話が盛り上がっているようですが・・・・見学報告とか楽しみにしています。
・山本雅裕: 元気で暮らしています。(・・・・ピロリ菌除去の抗生物質を飲んでいるけど・・・・)
・永淵誠治: 皆さんの楽しいメールを読んでいて小学校の遠足にでも行くようなわくわく気分です。でも、・・・・・・今回は断念します。すみません。
・新谷英夫: 大変残念ながら出席できません。可能であれば下記のメールアドレスに変更してください。
・井上 正: 待っていたけど連絡が来ないから、てっきり中止になったと思っていた。(幹事のミス、井上、すまん。)

 そんなこんなで連絡を取り合っているうちにどんどん話が盛り上がり、3ヶ月後には参加者が22人となった。

 とうとう6月24日が来た。
 朝方あった雲は消え去り空は真っ青に、正に爽快な北海道の初夏だ。草野は既に北海道入りして奥様のみゆきちゃんと渓流釣りを楽しんでいる。今日この青空の中を今野、高橋久、立見、内田、内藤、田渕、舟橋が飛んで来る。そんなことを考えながら、峠越えの国道453号線、深い緑の森を潜り抜け支笏湖へ、そしてすぐに苫小牧に入った。
 約束の高専正門3時までに少し余裕がある。そうだ、錦岡駅に立ち寄ってみよう。

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 ところがそこは昔の木造駅舎ではなく灰色の無人駅、駅前にあった砂利会社もない。ここから高専までは野中の一本道を行けばいい筈だ。ところがその一本道が見当たらない。冬、樽前降ろしの寒風を受けながら歩いた、あの一本道がない。
 不安を抱えながら高専へ急ぐ。何とか正門にたどり着くと優雅な校舎が光って見えた。玄関に先生らしい人影を発見、近づいたら舟橋と立見と高橋久だ。そのうち校庭から満面の笑みで恩師の村井先生がゆっくりと、正門から真面目な顔して松山、それから米沢がブラリブラリと、JUNは仕事が早く終わったから急いで来たよと上気気味、岡田はむっちゃんと一緒に嬉しそうにペアーでやって来た。田渕はまだ到着していないが校舎へ入った。

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 玄関で出迎えてくれたのは藤木先生、挨拶もそこそこにエントランスホールに入ると、壁に大きな絵画、樽前山を背景にした家族の肖像画、第一期卒業生馬場さんの作品だ。そこで一気に学生時代にタイムスリップ。
 研究室に入るとハードカバーで装丁された卒業論文が机の上に揃えてあった。35年前に書いた文字が目に飛び込んできて、当時の自分に再会したような、照れ臭いような、なんとも言えない気持ちになってきた。そんな時、学科長の長谷川先生と山田先生が入室、田渕も何とか間に合った。早速、校内を見学開始。

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 実験室や教室は新しい設備が多くなって少し様変りはしていたが、確かに35年前、俺達はここに居た。学校の廊下を歩くことがこんなに懐かしいものなのかと感激。
 校舎から出ると、夏の陽射しを受けて大きな樹木がゆっくりと葉を揺らしている。川西が骨折したアイスホッケー場、JUNが走っていた陸上競技場、若松がレフトを守っていた野球場、山本孝之が泥んこになっていたラグビー場、試験前日になると草野が誰かの部屋に宿泊していた蒼冥寮、どれもこれも懐かしさで胸がいっぱいになった。

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 郷愁に浸った後は車に分乗し札幌へ。
 立見と舟橋そして村井先生を乗せて、俺のホンダフィットはタイムマシンになって高速道路を滑走していく。
 クラス会第2ステージはススキノの居酒屋。
 全員が揃ったところで村井先生「この電気4期生で奥様が参加するクラス会は始めて。これからも益々発展することを祈念します。」と乾杯、大宴会へ突入。

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 今日はクラス紅一点のむっちゃんと、今野の奥様多美子さんと内藤の奥様敬子さんが笑顔で座っている。なんと華やかなことか。

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 順繰りの近況報告になると、姿かたちに変化があるが話し始めると二十歳の顔に戻る。圧巻はガッパのテノール独唱「荒城の月」、内田の番になったところで内田が「クンとかサンとか、あの頃は使っていなかった。呼び捨てがいい。」それから昔の親しさを取り戻し、更に宴会が盛り上がっていった。時間が進むにつれて酔いがまわり、5年前の幹事だった溝江から労われてから後は、東頭、米澤との会話の内容は全部忘れた。
 2次会はキヨシゲの提案だったと思うが、恩師の渡辺先生の奥様が経営されている店に行くことになった。カウンターとボックスが満席、歌を歌ってもみんな話に夢中で誰も聴いていない。
 渡辺先生は体育の先生で子供だった俺達学生のことをいつも考えていてくれていたような気がする。そういえば、病院から抜け出して卒業式に来られていたと思う。
 国語の伊藤先生はミルで挽いたコーヒーを飲ませてくれた。初めて飲む本物のコーヒーだった。時任先生は学校行事のとき遅刻しそうな寮生を大声で早く集まれと叱咤激励していた記憶がある。そんなことを思っていたら、益々酔いが回り深い睡眠状態に落ちていった。

 翌朝、妻やすこ「JUNから電話、昨日宴会場で靴を間違えて帰った人がいる。黒ちゃん知らないか、て。」
JUNの奥様のんちゃん「JUNの靴ね、今頃誰かと一緒に空を飛んでるかも。それより、その人困ってるんじゃないか心配なの。」
 どんな靴かと聞くと茶色の革靴。
 (俺と同じ靴だ。もしかして、俺が・・・・・・?)
 数日後、立見から送られてきた写真にJUNの靴を履いている俺が写っていた。
学生時代の写真を見る機会は殆どないが、当時は白黒ばかりでカラー写真は全校樽前登山の避難小屋で撮った記念写真くらいだったと思う。
 35年後のこの記念写真も勿論カラー、総天然色だ。
 みんなとまたいつか会って、そして記念写真を撮ろう。
 バイ、バイ。

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あれからちょうど三ヶ月たった秋9月27日、黒澤記
35年上前のこと、記憶違いがあったらご容赦を。

 土曜日にもかかわらず、またご多忙中にもかかわらず、私達のために学校を案内していただいいた長谷川先生、藤木先生、山田先生に心から感謝申し上げます。

敬具

参加者氏名合計22名

・村井國昭先生 ・ガッパ:岩村寿彦
・内田 修 ・岡田昌彦(恵庭市)
・川西正義 ・草野晴美(さいたま市)
・黒澤正人 ・今野正之、多美子さん
・JUN:佐藤淳 ・キヨシゲ:高木清茂
・高橋 久 ・立見康克
・田渕順一 ・東頭和夫
・内藤 孝、敬子さん ・むっちゃん:中川睦子
・舟橋哲次 ・松山光男
・溝江 諭 ・米沢博己

以上