板谷 謹悟

我が国の高等教育機関「高専」〜その重要性と役割〜

007_01
板谷 謹悟
(工業化学科・一期生・昭和44年卒)
美流渡中学校出身
東北大学工学研究科・応用化学専攻・教授

 苫小牧高専の工業化学科一期生です。一昨年(平成16年)に挙行されました創立40周年記念式典におきましては、小生、卒業生を代表する形で、特別講演をさせていただきました。講演の冒頭では、昭和39年(東京オリンピックの年)に入学し、仮校舎の弥生中学校での一年間、仮設の寮生活、初年度に赴任されて来られた、初代校長先生(眞井耕象(故))を始めとして、情熱あふれた三学科の主任教授、一般教科の先生の方々,本校舎が建設される錦岡の予定地への距離の長い遠足等々、大切に保管しておりました数少ない写真を示しながら、開校初年度の思い出を述べさせていただきました。

007_02
苫小牧高専創立40周年記念講演(平成16年9月25日)
「原子・分子レベルから見た電極表面科学」
(会場:苫小牧市グランドホテルニュー王子)

 昭和四十四年三月に卒業して以来、人生において、感受性の最も高い五年間の教育で得た「知恵と知識」を携え、「希望と夢」を持って各界に進出して行った一期生の一人として、それ以後に卒業された多くの後輩の皆様、在学中の学生諸君に、この機会に、高専と言う世界にもあまり例のない高等教育機関の「重要性とその役割」について、公式の「論説」ではなく、苫小牧高専の新設されたホームページの「同窓生からの便り」コーナーでのメッセージとして、大学で研究・教育に携わっている立場も踏まえつつ、普段から感じている事を簡単に述べさせていただきます。
 平成16年から全国に五十五校在る国立高等専門学校が、文部科学省の直轄教育機関から一応独立し五十五校が統合された形で、「独立行政法人 国立高等専門学校機構」に改組されました。国立大学も同様な形態になっているとお考え下さい。小生は、卒業生の一人としてだと思いますが、この「高専機構」の評価委員を委託されております。二年間の評価委員会での、時には、文部科学省・高専機構本部の方々との厳しい意見交換等も有りましたが、欧米の模倣で作られた教育機関ではない、我国が誇れる高等教育機関としての「高専教育」の重要性、今後とも伸ばすべき長所、改善すべき諸問題等々の議論を重ねております。
 詳細は紙面の制約で述べられませんが、総じて、高専教育の重要性の再確認、そうした認識のもとでの改善が、今後行われる方向に有りますので、「国立高等専門学校機構」の誕生は、今後の高専の発展、更に言うなら、科学立国として国の存亡にも関る「科学・技術者の養成」にとって、大変重要な「独立行政法人」と思われます。
 広い意味での科学・技術者教育機関の一つとして見たときの、高専教育の最大の特徴は、義務教育を終えた中学校卒業生が、感受性の高い年齢の時期に、特殊技能者である科学・技術者の養成を始める点にあります。 判りやすい自分の経験の一つを述べましょう。弥生中学で間借りをしていた1年間の後半で、当時工業化学の主任教授をなさっておられた森田修吾(故)先生は、初年度の限られた予算の中で、メトラーの直示天秤、限られた分析化学用のガラス器具、乾燥機、だけが有ったと記憶しておりますが、早期技術者養成の意味を先生(有機化学専門)は理解していたと今になって思われます。放課後、工業化学科の学生を5,6人の班に別け、硝酸銀溶液を用いた塩素イオンの定量分析を、滴定法と重量法の二重の方法で徹底的に行った事を今でも記憶しております。先生にとっても専門外の実験だったと思われますので、先生自身が勉強して、このテーマが化学者としての第一歩の実験と思ったと推測されます。標準となる硝酸銀溶液の濃度の滴定法による決定、沈殿のろ過方法、沈殿となる塩化銀の光による分解、等々細部にわたる注意事項を実験途中、沢山言われました。この実験は、器具の洗浄、細かな実験技術の習得に留まらず、定量分析ですから、アボガドロ数の認識、分子量の認識、等々、化学の基本を習得したことになりました。一般化学と一般物理の1年目の授業が終わりに近づいた頃です。この実験は、私達に感動を与え、今でもこうして思い出す、一生忘れられない習得した基礎化学技術というか、私自身の化学者としての基本となっている要素に成ったんですね。 ここで言いたいことは、早期の実体験の重要性です。この程度の実験は、高等学校の化学と物理の初歩的知識があれば、行えるし、物理と化学からなる自然科学の基本を伝授できるのです。参考のために申し上げますが、この種の実験は、現在では、大学の学部の学生実験(多くの大学では3年生)で行う最初の実験だと思います。ただし、現在、機器分析装置の自動化が相当進み、学生実験でもスイッチを押せば、データーが出るので、どれ程、手を動かして基本が理解されているか疑問です。大学の理科教育の問題の一つは、実体験を経験する機会が非常に遅れ、実質的には、卒業研究のために研究室に配属になる4年生以降です。学生は既に21-22歳になっており、私見ですが、多感期を過ぎているのでは?と大学の教官として案じております。 どうぞ、上節の体験談の意味をご理解していただき、高専教育を受けて、それを土台にして、社会で活躍されている卒業生の皆様、現在勉学中の在校生諸君の、益々のご活躍とご研鑽を期待します。一年間、約一万人の高専卒業生が世に送られており、これまで総数、約三十から四十万人が各界で活躍されております。一期生は団塊の世代です。そろそろ、第一線を離れる年代に近づいており、この意味で、高専も第二世代に入るわけで、カリキュラムの見直し、先生方のより一層の高専教育への新たな取り組み、学生への早期技術者教育の意味の徹底、等を期待します。
 皆様のご健勝と、苫小牧高専の益々の発展を、仙台から祈っています。

平成18年1月

(編者注)
板谷 謹悟氏は,電気化学STM(走査トンネル電子顕微鏡)を世界で初めて開発するなど,ナノテクノロジーの分野で世界トップレベルの研究を進められ,「仁科賞」「紫綬褒章」等,権威ある賞を多数受賞されています。