モンゴル国(Монгол улс)訪問記

物質工学科 准教授 岩波俊介

mo0007月初旬の苫小牧は霧雨と低温、きっとこれから向かう国は、ここより緯度も高度も高いから寒いに違いない…と、出発前夜まで寒さ対策に走り回っていた。

 
■7月21日

成田からMIAT(モンゴル航空)で5時間あまりの首都ウランバートル(UB)までの道のり、その国の上空を飛んでいた時、眼下に見える景色は殆どといって良いほど茶色、チンギスハーン空港に降りたってみると、そこは真夏のモンゴルだった。

成田からMIAT(モンゴル航空)で5時間あまりの首都ウランバートル(UB)までの道のり、その国の上空を飛んでいた時、眼下に見える景色は殆どといって良いほど茶色、チンギスハーン空港に降りたってみると、そこは真夏のモンゴルだった。

 
 
■7月23日 UBのモンゴル科学技術大学を訪問

本校から以下の共同研究・技術協力等について提案内容を説明した。
 ・ジオシンセティックスの、各種構造への適用に関する共同研究
 ・寒冷地の、河川流出解析に関する技術協力
 ・排水性舗装に関する熱応力性状についての技術協力
 ・各種微生物による発酵食品に関する共同研究
 ・温泉利用の温度差発電の研究支援
この日、午後から300km近い距離をブルドまで移動。写真のように大半が路無き路…アスファルトは継ぎ接ぎだらけ、日本の道路のありがたみを感じた移動だった。
旅程の大半が未舗装道路…油断していると、天井に頭をぶつける
道がなくても車は走る、橋がなくても車は走る

 
 
■7月24日 ブルド→ハラホリン→ツェンケルジグール温泉

この日は朝から200km近くの悪路移動、車内温度は35℃、とにかく消耗の激しい旅だった。
ブルドからツェンケルジグール温泉へ向かう途中、かつてのモンゴル帝国の首都ハラホリンに立ち寄り昼食、その後ひたすら走り続け19時過ぎに最終目的地到着。
今回訪れた外モンゴルは、ロシア語でも使われているキリル文字を使っている。
写真のゲートはハラホリン(カラコルム)をキリル文字で表したもの。 ХА(ハ)Р(ラ)ХО(ホ)РИ(リ)Н(ン)となっている。
かつてのモンゴル帝国の首都ハラホリンのエルデニ・ゾー

 
 
■7月25日 ツェンケルジグール温泉にて

午前中より東藤コーディネーターが行う温度差発電ならびに太陽光発電装置の設営をサポートし、午後からはご近所のゲルを訪問して馬乳酒やアルヒといった発酵飲料、ウルム等の乳製品をご馳走になった。
ツェンケルジグール温泉にて 太陽光発電と温度差発電
太陽光発電で衛星放送が受信できるゲルと働き者の子供達
馬乳酒は、甘くないカルピスといった感じで私にとっては飲みやすかったのであるが、その後予定通りお腹が垂直降下になったのは言うまでもない。
モンゴルの方々によると、飲み過ぎると皆さんそうなられるようである。そんな中、伊藤校長だけが旅程終了まで元気でおられ、校長はタフでなければならないと実感する。この時期、日照時間の長いモンゴルでは20時過ぎても、まだ屋外作業が可能であるが、睡眠不足には気を付けたいと思う。
モンゴルでの食事 左がバタークリームのようなウルム

 
 
■7月26日 ツェンケルジグール温泉→ホスタイ

昨日設営した温度差発電装置などの稼働状態を確認後、ツェンケルジグール温泉を出発し、一路ホスタイへ向かう。この日の行程は、ホスタイまでの360kmで今回移動する距離の中では最長であった。加えて気温も高く、私一人、脱水症状からかなり体力が消耗していた。
ツェンケルジグール温泉にて ゲル生活と露天風呂

 
 
■7月27日 ホスタイ→UB

ホスタイからUBまで残り約120km、ひたすら未舗装道路の猛烈な砂埃の中、加えて車内温度42℃での体力の限界に挑戦!といった感じの移動であった。午後、UBでブリッジ社とそのグループ代表社長のダワ氏と面会、モンゴル情勢や教育全般について懇談した。その後ホテルにて休養、日暮れと共に症状が悪化し、深夜には救急車で市内のERまで急送される(搬送していただいた救急車は時間優先であった)。ERにて、2~3時間で栄養剤等の点滴を3パック、これが効いたのか胃腸内もすっきりし、筋収縮、呼吸困難も回復し歩けるまでになる。翌3:20amにERよりホテルに戻る。
オボーを回り道中の無事を祈願 砂漠と共にトラックは走り去る

 
 
■7月28日 UB→日本

ふらつきながら4:00amに空港へ向け出発、処方された痛み止めのモルヒネを飲み、およそ5時間半後に成田着。無事帰国できたことに感謝。ミネラルウォーターだけでは、高温等の過酷な条件下では体調維持に必要なミネラルが足りていないことを帰国後に実感。暑い国に向かうことがあれば、スポーツドリンクのパウダーの持参をお薦めします。
今回、ブリッジグループの旅行会社ジグール社の方々、ならびに本校伊藤校長、東藤コーディネーターには最後までご迷惑をおかけしました。この場をかりまして深くお礼申し上げます。